わらの暮らし

田の草取り続き

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2巡目の田の草取りを、二人の研修生が、毎日、早朝2時間してくれました。
1巡目は、私が中心になって、していたので、遅れて来たり、寝坊して来れないことがあったりしましたが、稲作における田の草取りの意味や、農作業に置いてタイミングがとても大切なこと、稲作そのものを自分事として考えられるようにお伝えしたところ、農作業における義務的要素がなくなり楽しみを見出せるようになったようです、もともと2人の内、1人の女性は自然栽培や、農業にとても関心があったので、初めから田の草取りを楽しんでくれていました。
日々の暮らしの中の、やらなければならない仕事や作業から、義務的要素が少なくなり、それが楽しみに変わったならそれが1番の幸せの近道だと思います。2人の研修生が教えてくれました。ありがたいことです。

3年前に卒業したO 君は、1人で約3週間ほぼ1日中毎日 田の草取りをしてくれました。
その間しんどい仕事の中で、自分自身に、何のために何のためにと自問自答 し続けていました。何かの気づきがあったのでしょうか、それ以来笑顔も増え、無口だった彼がよくしゃべるようになりました。そして彼が卒業する時、感謝の言葉とともに、(僕はここで根拠のない自信を持つことができました)と言いながら涙を流し、私が苦しくなるほどハグをして卒業していきました。
能の世阿弥の言葉の中に
「強き稽古、物数をつくせよ」体や手足を使わずバーチャルな世界の言葉が空転する現代において、見事に本質を捉えた言葉だと思います。
具体的に動かなければ、具体的な事はわからない!
O君だけではなく多くの研修生から私の方が学ばせていただきました。

 


田の草取りで、もう一つ忘れられないことがあります。35年前私たち家族がこの地に入植して、はじめての朝、隣に住む吉田さんのおじいさんが、訪ねて来てくれて、「こんな田舎によう行きてくれたのう、長い間、空き家で、夜は真っ黒だった家に、明かりが灯ってそれだけで嬉しかったのに、子供の声が聞こえる、何年かぶりにオムツを干している景色が見えた。80を過ぎて、どんどん人がおらんようになって、寂しい思いをしてきたけど、長生きしてよかった」と言ってくれました。それ以来そのおじいちゃんは、私の農業の先生になりました。
私の無農薬栽培は一切否定せず付き合ってくれました。そして何でも話せるようになった頃。「農薬がよねぇのは、わしらもよう分かっとる。でもうちの婆さんの腰を見てくれ、曲がりっぱなしでもう元には戻らん。初めて除草剤を
使ったとき (魔法の薬)じゃと
思った。これからも、わしらは、農薬は手放なせん。
それでも、付き合ってくれるか。」新参者の私たちに気を使いながらも、ご自身の経験から得た、正直な気持ちを伝えてくれた吉田のおじいちゃんの言葉は忘れられません。でも私は、農薬は使いません今はそのおじいちゃんの孫にあたる方、といってももうすでに70歳を超えているお隣の吉田さんが、わらの環境整備や山仕事、草刈り、農作業をご夫婦で担ってくれています
わらに来て以来35年そして3代にわたって、良好な、血縁を超えたお付き合いをさせていただいています。
幸せだなぁ!

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