重ね煮

【重ね煮との出会い②】無農薬のお米、醤油・味噌で作った料理が美味しくなかった理由

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実は私は小学校中学校そして高校に上がってからも体の弱いいわゆる虚弱体質でしたので
体操の時間はあまり参加することができなくほとんど見学をしていました。

高校卒業して大阪に出た時、しばらくして私の一番上の姉が病気になり、
とても心配しました。ところがその病気を

玄米正食マクロビオティックで治療する

と言い出したのです。

当時の私は病気を治すのにお医者様以外の方法があるなんて考えられませんでした。さらに、

玄米とごま塩でだけを食べて病を治す治療法で、手当法は患部を生姜湿布で温め里芋パスターを貼って治す

というのです。

姉は妙な宗教にかぶれてしまったのだと思いました。

しかし姉はこのマクロビオティックで治すのだと決めていました。

マクロビオティックとは、日本に古くから伝わる食養生と東洋の疫学の原理を柱に桜沢如一先生が世界に広めた生活方法のことです。 wikipedia:マクロビオティック

その当時の私にしてみれば到底納得のできない理解しがたい考え方でした。

しかしながらその姉がその自然療法で完治したのです。

その考え方(マクロビオティック)のルーツは江戸期の貝原益軒が著した養生訓。明治に入って陸軍中将石塚左玄の科学的食物養生論、 そしてマクロビオティックの桜沢如一先生につながっていきます。

ものは試しにと玄米菜食を試してみました!

桜沢如一という人はこの食物養生論からスタートし中国の易学の陰陽論を取り入れ一つの宇宙観を築いた民間思想家です。

この桜沢先生の本を手始めに東洋医学漢方ヨガ飛行などどんどん興味が広がっていきました。
そしてそれらを学べば学ぶほど私の姉の体験を裏付けるものがあって、これはすごい世の中にこんなすごい思想があるのかと。

私自身の世間の狭さ偏ったものの見方を思い知らされました。

そして私自身も玄米菜食を始めるに至ったのです。

子供の頃から虚弱だった私はわずか1か月で自分自身でもびっくりするほど体の調子が良くなり桜沢先生のおっしゃっていることと体験がひとつになったのでした。

そして気が付くと大阪のマクロビオティックを広めている世界正食協会の販売部門であるムソー食品でアルバイトをするようになりました。

マクロビオティックの先生の料理が美味しくなかった。

当時の世界正食協会では毎月のように料理講習会が行われ、桜沢先生の直弟子の方々から直接料理を教えていただきました。

ところが、どの先生も料理の基準が美味しいではなく健康の方に重点を置かれていたので、料理をしているのに私自身美味しいと感じることもなく楽しいと感じることありませんでした。

ワクワクすることもなく、自分が小さい頃から愛してやまなかった料理とはどこか違っていたのでした。

この私の正直な気持ちをある先生に話したところ、

まだまだあなたの体がちゃんとした本物の食についていけてないんですよ。無農薬のお米でちゃんとした昔ながらの良い醤油良い味噌最高の材料で作った料理が美味しくないわけがない。

と諭されました。

私は学生の頃の成績が良かったわけでもなく、スポーツが出来たわけでもなく、特別な才能があったわけでもないだけど美味しいものを見極めることだけは誰にも負けないと言う確信を持っていました。

なぜなら小さい頃から人生をかけておいしいものを求め続け、そして美味しいものを食べた時の喜び胸の高鳴りが自分の人生を作ってきたんです。

マクロビオティックの理論や実際に健康になっていくということには間違いがなかったけれど、
その料理のあり方料理に対する姿勢、はっきりとはわからなかったけれども
私の中に納得のできない違和感がありました。

幸せとはごきげんの連続。人は美味しいものを食べた時に、ごきげんな気持ちになる

〜まずいものを食べて健康にも幸せにもなれない〜

これが重ね煮の創始者であり生涯の師匠、小川法慶先生との最初の出会いの一言でした。
そんな悶々とした日々の中でついに美味しいと思った先生に出会いました。

桜沢先生のお弟子さんの1人で長崎に住む小川法慶先生と言う、今まで聞いたことのない「重ね煮」という料理を教える料理の先生でした。

その先生が最初におっしゃった一言

人は美味しくないものを食べて健康にも幸せにはなれない。幸せとはごきげんの連続。人は美味しいものを食べた時に、ごきげんな気持ちになれます。そのご機嫌な気持ちの積み重ねが人を幸せにするのです。

そして初めて先生の料理教室を受け、心の底から玄米と野菜だけの食事が美味しいと感じられました。

小川先生は「やること」「 言うこと」「現実」 が一致していました。

今まで自分が経験した料理とは言葉にはならないけれども

何かが違う、次元が違う

小川先生に出会って暑くなって弟子にしてほしいとすぐに長崎まで飛んでいきました。

別にプロを目指していたということではなく。

今まで美味しいと思ったものやこれは素晴らしい料理だと思ったものはほとんど自分でも作れたし自分のものにできてきたと言う自負がありました。

だけど他の先生のこの重ね煮はそうは簡単にできない、弟子になってその目に見えない部分を何としても自分のものにしたい。そして自分だけでは乗り越えられない勝ち負けではないけれども人としてこの先生には到底勝ち目がないと感じました。

それまで料理はレシピや素材作り方、ハウツーが肝心だと思っていました。
小川先生はそうではなく料理は自然と人間の命のつなぎて料理は当たり前に感謝すること。

一生に一度しか出会えない素材に失礼のないように出会い、失礼のないように調理し、失礼のないように失礼のないように生きる。我々を活かしてくれているこの当たり前の自然体を空気に土、土の中にある微生物、それらの愛を自分の体ひとのからだとひとつにすること。料理は愛情だ。

今まで私の中にあった料理に対する考え方を全く違う観念で料理を取られていらっしゃいました。

これは何かあるなと理屈抜きでピンと来たのです。

これが私と重ね煮の最初の出会いです。

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